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東京高等裁判所 昭和47年(ネ)2142号 判決

控訴人 徳原良子こと 李良子

右訴訟代理人弁護士 浅野哲夫

控訴人 徳原文吉こと 玄色

控訴人 金春花こと 朴春順

右両名訴訟代理人弁護士 伊藤廣幸

被控訴人 利川能一こと 任宗太

右訴訟代理人弁護士 安藤信一郎

同 安藤春木

主文

本件各控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人らの負担とする。

事実

控訴人李良子の代理人は「原判決中、控訴人李良子敗訴の部分を取消す。被控訴人の同控訴人に対する請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との旨の判決を求め、控訴人玄色及び控訴人朴春順の代理人は、「原判決中、控訴人玄色及び控訴人朴春順敗訴の部分を取消す。被控訴人の同控訴人らに対する請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との旨の判決を求め、被控訴代理人は各控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実に関する陳述及び証拠の提出、援用、認否は、以下のとおり付加するほかは原判決の事実摘示(同添付の物件目録を含む)と同一である。

控訴人李良子の代理人において、「仮に訴外谷沢をみい及び同谷沢登代子らと訴外橋本実こと李世満との間の本件土地の売買契約につき、をみいらに要素の錯誤があったとしても、をみいらには重大な過失があるから、をみいら及び被控訴人は右売買契約の無効を主張することはできないものである。」と陳述し、証拠として丙第五及び第六号証を提出し、丙第五号証は昭和四七年一月一六日訴外谷沢金蔵方において訴外李世満、同谷沢金蔵及び控訴人玄色の会話を録音したテープを翻訳した書面であり、同第六号証は同年四月二〇日訴外谷沢をみい方において訴外李世満、同谷沢金蔵、同谷沢をみい及び同谷沢登代子らの会話を録音したテープを翻訳した書面であると説明し、当審証人橋本実こと李世満の証言を援用した。

控訴人玄色及び控訴人朴春順の代理人において、「被控訴人の控訴人玄色に対する本件土地の売買予約解除の意思表示は次の理由により無効である。すなわち、(イ)売買代金四五〇万円のうち、既に支払済の手付金五〇万円及び中間金一〇〇万円を除いた残金三〇〇万円については、本件土地につき農地法第五条の許可があった後毎月五万円ずつ分割して支払う旨の特約があったから、被控訴人がなした金三〇〇万円を一時に支払うべき旨の催告は過大催告である。(ロ)農地転用の許可申請手続をなすには、買主である控訴人玄色が申請書に署名押印をする必要があるのに、同控訴人は被控訴人より申請書類に署名押印するよう求められたことがないので、同控訴人としては、農地転用の許可がなされたか否かについて疑いをもったものであり、右疑いには合理的な理由があるものというべきである。(ハ)控訴人玄色が被控訴人との売買予約にもとづいてなした所有権移転請求権保全の仮登記の権利証を確めたところ、右仮登記がなされた土地は東京都葛飾区水元小合町二、五二一番地(本件土地)であって、売買契約書に記載されている同町二、三一三番地と異なるのみならず、登記簿上右二、五二一番地の土地は訴外谷沢をみい、同谷沢登代子、同谷沢京子、同谷沢明及び同谷沢功の共有名義であるが、右二、三一三番地の土地は訴外大川基治の所有名義となっていたので、控訴人玄色としては、被控訴人との売買予約の目的たる土地の同一性について疑いをもったものであり、右疑いには合理的な理由があるものというべきである。以上の(イ)乃至(ハ)の理由により、控訴人玄色は被控訴人の残代金三〇〇万円の支払催告に応じなかったものであり、右残代金の支払をしなかったことには相当な理由があるから履行遅滞の責任はなく、これを理由とする被控訴人の売買予約解除の意思表示は無効である。」と陳述し、証拠として、前記証人李世満の証言を援用した。

被控訴代理人において、「控訴人ら代理人の主張する右各事実をいずれも否認する。」と陳述し、証拠として、前記証人李世満及び当審証人谷沢をみいの各証言を援用し、前記丙第五及び第六号証につき、いずれも控訴人李良子の代理人の説明するとおりの書面であることは不知と述べた。

理由

当裁判所は、当審における新たな弁論及び証拠調の結果を斟酌しても、被控訴人の請求はすべて正当であると判断するものであるが、その理由は、原判決がその理由中において説明するところと同一であるから、右説明を引用するほか、次のとおり付加説明する。

訴外谷沢をみいらと訴外橋本実こと李世満との間の本件土地の売買について、をみいらに要素の錯誤があったとしても右錯誤につき重大な過失があるから、をみいら及び被控訴人は右売買契約の無効を主張することができない旨の控訴人李良子の主張について検討するに、本件の全証拠資料によるも、をみいらに重大な過失があったとの事実はこれを認めることができない。却って、〈証拠〉によれば、控訴人玄色は被控訴人との本件土地の売買予約(本来の意味の予約ではなく、農地転用の許可を法定条件とする売買契約と解せられる、以下同じ。)につき、残代金三〇〇万円の支払を怠ったため、被控訴人より契約解除の意思表示を受け、かつ、本件土地及び同地上に控訴人朴春順(当時金春花と称していた)名義をもって建築した建物につき仮処分を執行されたので、被控訴人に右解除の意思表示を撤回させ、残代金の支払方法につき折衝することを訴外李世満に依頼したが、控訴人玄色に残代金を支払う資力がなかったため、被控訴人に解除の意思表示を撤回させることができなかったところ、同控訴人と李世満とは共謀のうえ、本件土地につき被控訴人のため所有権移転登記がなされていなかったことを奇貨として、本件土地の前々所有者で、登記簿上の所有名義人である訴外谷沢をみいらと交渉し、同人らより李世満に直接移転登記をなさしめ、被控訴人の本件土地の取得を妨害しようと企て、弁護士鈴木勝を伴い、再三にわたりをみい方を訪れ、をみい及び登代子らに対し、李世満が訴外植原又緑から本件土地を買受けたものであって、植原が承諾しているから李世満のため直接移転登記(中間省略登記)をして貰い度い、登記費用及び税金の費用等として金一五〇万円を支払うなどと虚言及び甘言を用い、また鈴木弁護士もかたわらから、をみいらに迷惑がかかることは決してしない旨を告げたので、をみいらは李世満が植原又緑から本件土地を買受けたもので、植原の承諾のもとに李世満に移転登記をするものと錯誤し、李世満との間の売買契約書(甲第一一号証)に署名押印し、その他登記に必要な書類を交付したものであることが認められ、丙第五及び第六号証、原審証人鈴木勝及び当審証人李世満の各証言並びに原審における控訴人玄色本人尋問の結果のうち右認定に反する部分はたやすく措信できず、他に右認定を覆えすに足りる証拠はない。そして、右事実によれば、をみいらには右錯誤につき重大な過失はなかったものと認めるのが相当であるから、控訴人李良子の前記主張は失当たるを免れない。

次に被控訴人の控訴人玄色に対する本件土地の売買予約解除の意思表示は無効である旨の控訴人玄色及び控訴人朴春順の主張について検討する。

被控訴人と控訴人玄色との間において、本件土地の売買残代金三〇〇万円の支払方法について、農地転用許可後月額金五万円の分割払の特約があったとの点については、原審における控訴人玄色本人尋問の結果のうちにこれと符合する趣旨の部分もあるが、〈証拠〉によれば、売買契約証書には右分割払の特約の記載がなく、却って残代金三〇〇万円は農地転用許可後所有権移転登記に必要な書類の交付と引換えに支払う旨記載されていることが認められ、同号証及び原審における被控訴人本人尋問の結果と対比して、前記控訴人玄色本人尋問の結果の一部はたやすく措信できないものというべく、他に右分割払の特約を認めるに足りる証拠はない。

また、控訴人玄色が本件売買予約の目的たる土地の同一性及び農地転用の許可の有無について疑いを抱くべき合理的な理由があったとの点についてみるに、〈証拠〉によれば、被控訴人と控訴人玄色との本件売買契約証書には売買の目的物件として本件土地と異なる東京都葛飾区水元小合町二、三一三番の土地が記載され、かつ、右二、三一三番の土地の所有者は訴外大川基治であったことが認められる。しかし、〈証拠〉によれば、訴外谷沢をみい及び同谷沢信造と訴外植原又緑、同人と被控訴人、被控訴人と控訴人玄色との間の順次の売買契約に当って、売買の目的物件たる土地はその現地に即して本件土地と特定されていたものであって、その地番に重きが置かれていたわけではなかったこと、右各売買の契約証書にはいずれも前記二、三一三番の土地が記載されていたが、関係者の間ではそれが本件土地を表示するものであることについてなにら疑念が抱かれなかったこと、控訴人玄色は被控訴人との売買予約後間もなく本件土地上に同控訴人の妻である控訴人朴春順の名義をもって建物を建築していること、本件土地につき昭和四一年六月九日控訴人玄色のため所有権移転請求権保全の仮登記がなされ、同年七月一五日農地法第四条の規定による宅地転用の許可があり、当時被控訴人より控訴人玄色に対してその旨通知されたが、同控訴人より被控訴人に対し土地の同一性についてなにらの疑念も表明されず、被控訴人の同年一〇月一日付(同月三日到達)内容証明郵便による残代金三〇〇万円の支払催告及び条件付契約解除の意思表示に対しても、同控訴人は同月四日付回答書をもって単に支払猶予の申出をしているに過ぎないこと、およそ以上の事実が認められる。原審における控訴人玄色本人尋問の結果のうち右認定に反する部分はたやすく措信できず、他に右認定を覆えすに足りる証拠はない。そして、右事実によれば、被控訴人と控訴人玄色との間の本件売買予約の目的物件が本件土地であり、右土地について農地転用の許可がなされたことにはなにらの疑念もなかったものというべく、契約証書に前記二、三一三番の土地が記載されていたこと及び控訴人玄色が被控訴人より農地転用許可申請書に署名押印することを求められなかったことをもって、同控訴人が被控訴人との売買予約の目的物件の同一性及び農地転用の許可の有無につき疑いを抱くべき合理的な理由があるものと認めることはできない。

従って、控訴人玄色が被控訴人の支払催告に応じないで、残代金三〇〇万円を支払わなかったことに相当な理由があるものということはできず、被控訴人の契約解除の意思表示が無効である旨の控訴人玄色及び控訴人朴春順の前記主張も失当たるを免れない。

よって、被控訴人の請求を認容した原判決は相当であるから、民事訴訟法第三八四条第一項の規定により本件各控訴を棄却することとし、訴訟費用の負担につき同法第九五条、第八九条及び第九三条第一項本文の規定を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 平賀健太 裁判官 安達昌彦 後藤文彦)

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